2021年 4月3日 土曜日
俺のセブ島留学セブ島から世界へ英活コラム【青年海外協力隊】なぜ平凡なサラリーマンがJICA青年海外協...

【青年海外協力隊】なぜ平凡なサラリーマンがJICA青年海外協力隊に参加したのか?

はじめまして、Steveです。もちろんニックネームで、生粋の日本人です。

私は2011年にJICA(国際協力機構)青年海外協力隊に参加し、キリバス共和国にてPCインストラクターとして活動してきました。

青年海外協力隊と聞くと、個性的で語学力がある意識高い系が参加しているイメージが強いかもしれません。しかし、私は片田舎に暮らすいたって平凡なサラリーマンで、英語もほとんど話したことがありませんでした。

そんな私が青年海外協力隊に参加しようと決意した動機、試験に合格して派遣されるまでの道のり、実際の活動の様子などを数回に渡ってお伝えしていきます。また、協力隊参加者たちが帰国後にどのような人生を歩んでいるのかというリアルな情報もお届けする予定です。

国際NGOに参加して海外ボランティアをしてみたい、青年海外協力隊に興味があるという方はぜひお読みになってみてくださいね。

青年海外協力隊に参加するまでの半生

私は1975年に北関東の中核都市で生まれ、高校卒業までその町で育ちました。我が家は郊外にある一戸建てで、父がサラリーマン、母は専業主婦、姉一人という典型的な高度経済成長期の核家族でした。

第2次ベビーブーム世代なので遊ぶ友達には事欠かず、まだまだ自然が豊かで人々もおおらかだった古き良き田舎町。サッカーや探検、ファミコンに明け暮れた幸せな少年時代を過ごしました。

中学、高校と地元の公立高校に進学。小学校高学年で英語教室に通っていたこともあり、英語は比較的好きな科目でした。一方、数学や理科には徐々に付いていけなくなり、大学進学は国語・英語・社会のみで受験できる私立文系コースに。

都内にある中堅私立大学になんとか合格し、興味のあった心理学を専攻しました。高校までは運動部に所属するバリバリのアスリートでしたが、大学生活はアルバイトに明け暮れてしまったなと反省しています。いま考えるとせっかくの自由な学生生活は、ボランティアや海外旅行などさまざまな体験をして世界を広げておきたいものです。

暗黒サラリーマン時代

暗黒サラリーマン時代
都内の大学を卒業した私は、故郷の田舎町にあるIT企業にシステムエンジニアとして就職しました。田舎に戻ったのは特に考えがあったわけではなく、「都会に憧れて上京したけど、人が多すぎて疲れちゃった」程度の安易な気持ちでした。

システムエンジニアを選んだのは、大学の一般教養で選択したプログラミングの授業がとても面白かったから。幼少期からなんとなくエンジニアへの憧れがあり、「文系でもできるエンジニア」としてシステムエンジニアに道に飛び込んでみたのです。

就職した会社は堅めのクライアント向けのシステムを開発している会社で、さまざまな業務システムの開発にアサインされました。システム開発の仕事自体は好きでしたが、会社は長時間労働が当たり前の今で言うブラック体質でした。

さらに入社直後に西暦2000年問題があったり、クライアントの合併が続いたりと息を継ぐ暇もないほど忙しい毎日。結果的に生活のほとんどが仕事に費やされてしまうという”ワークライフアンバランス”な暗黒時代となってしまいました。

そのためテレビやニュースを見る時間もほとんどなく、あの9.11事件でさえもなんとなく知っている程度という始末。完全に世の中の流れから隔離された生活だったのでした。

初めての海外旅行はアフリカ

ザンビア共和国
初海外旅行は、なんと東アフリカのザンビア共和国でした。父が仕事でザンビアに単身赴任しており、母・姉・自分の3人で訪問することになったのです。エアチケットや現地でのオプショナルツアーなどは全て父が手配してくれたのですが、スマホがまだ発明されていない当時に初海外で個人旅行はちょっとした冒険でした。

英会話というものをほとんどしたことがなかった私は、空港でのトランジットや機内サービスの対応にとっても苦労しました。現地では父がガイドしてくれたので安心でしたが、英語の必要性を痛感した初海外旅行でした。

いまでは自由に英会話ができるので、またいつかあの雄大なアフリカの大地を訪れて、サファリガイドや街の人々との会話を楽しみたいですね。

青年海外協力隊への参加を決意したきっかけ

サラリーマンになって10年が経った頃、仕事が落ち着いてきて周りを見渡す余裕が生まれてきました。ニュースもチェックするようになり、世界各地で日々起きている紛争や貧困、環境問題などに関心を持つようになっていました。

そんなある日、旅行で訪れた沖縄県西表島で運命的な出会いがありました。偶然地元出身の三線アーティストが主催する音楽フェスがあり、ドロップインしてみたのです。彼の自然や平和への想いをのせた唄は素晴らしく、夕日と泡盛との相性も最高でした。

彼の唄にいたく感動した私は図々しくも打ち上げに参加し、彼と話をしました。彼はアーティストとして活動するだけでなく、環境問題に植樹で立ち向かうNPOを主宰していました。そんな同世代の彼が「自分ができることから始めればいいんだよ」と語る姿をみて、自分もなにか始めてみようと小さな決意をしたのでした。

青年海外協力隊の説明会に足を運んでみた

そんな運命的な出会いがあった西表島旅行から戻ってしばらくしたある日、電車に乗っていた私は「青年海外協力隊参加者募集中!」の中吊り広告を目にします。

青年海外協力隊について「アフリカで井戸掘りをしている若者たち」程度の認識しかなかった私は、そうだ、青年海外協力隊に参加しようと直感的に決意しました。その広告は私にとってまるで神のお告げのようだったのです。

ネットで検索してみると、地元でも青年海外協力隊の参加募集説明会が開催されることがわかりました。勢いに乗った私は、「よし、アフリカで井戸掘ってやるぞ」とシマウマのように鼻息荒く説明会に乗り込んだのです。

説明会では、青年海外協力隊の制度についての説明だけでなく、JICA職員や協力隊経験者(JICAではOV、Old Volunteerと呼ぶ)と会話してさまざまな相談をすることができます。

私がアフリカで井戸を掘りたいという話をすると、今の仕事のことを聞かれました。システムエンジニアであると答えると、それなら職歴を活かせる「PCインストラクター」がよいのではと勧められました。

それは私にとって衝撃でした。途上国でのボランティアといえば井戸掘りや医療援助とばかり思い込んでいたので、まさかシステムエンジニアの経歴を活かせる活動があるとは思いもよらなかったのです。

青年海外協力隊の2タイプ

青年海外協力隊の募集案件は大きく2つの領域に分類できます。

1つは「コミュニティ開発」や「青少年活動」といった活動の自由度が高いジェネラリスト向けの案件。井戸掘りや村の特産品開発など、地域に密着して生活の向上を目指します。こういった案件は、社会経験が少ない若者でも参加できるというメリットがあります。

しかし、競争率が高く合格するには高い語学力が求められます。留学経験者も多く、TOEIC900点は当然という世界です。

もう1つは、「コンピュータ技術」や「自動車整備」「看護師」といったスペシャリスト向けの案件です。専門性を活かして自分の技術や知識を直接現地で伝えることができます。競争率は低く語学力もそこまで要求されませんが、ある程度の業務経験年数(職種による)が必要となります。

青年海外協力隊の健康診断

青年海外協力隊は、春募集と秋募集とで年2回の参加者募集をおこなっています。私が参加募集説明会に参加したのは10月で、11月が秋募集1次選考の締め切りでした。1次選考は書類での選考となります。

1次選考の最初の関門が健康診断です。

JICAは、青年海外協力隊参加者の健康状態を最重要視しています。食生活環境や住環境、医療体制が日本のように整っていない開発途上国で活動するには、ほぼ完全な健康体であることが要求されるからです。

また、派遣国は厳しい環境の熱帯気候であることが多く、充実した活動をするためにはある程度の体力も必要となります。

幸い私は健康状態に問題がなく、自信を持って健康診断書を提出することができました。以前はアレルギーなどでも落とされたそうですが、現在ではある程度のアレルギーならば許容されているようです。

青年海外協力隊のエントリーシート

エントリーシート
続いて、応募者調書に取り掛かります。就活でいうエントリーシートです。履歴書・職務経歴書的なこと、志望動機や豊富、希望業務に関する経験などを記入していきます。これは就活とは違って本音というか、想いを正直に記入しました。

そして、一番重要となる希望案件を3つ選んで記入します。

これは例えば「ベトナムのXX病院に勤務する看護師」といったように、あらかじめJICAのWebサイトで募集案件が多数公表されており、この中から希望する案件を選択するのです。就活で例えるなら求人票ですね。

私は「PCインストラクター」の案件から、自分に合っていそうなものを3つ選んで記入しました。そして私は第2希望の案件で合格することになります。

合格後の派遣前訓練のときに参加者たちの話を聞くと、第1~第3の希望案件で合格した人は半分といった感じでした。希望案件での競合に敗れても、応募がなかったり少なかったりした同じ職種の別案件で合格することもあります。その場合は、希望外の案件で参加することもできるし、断って次回また応募することもできます。

しかし、よほどのこだわりがある人でなければ希望外の案件だったとしてもそのまま参加する人が多いようです。次回の応募まで半年待つのは長いし、次回にまた希望の案件が出るとも限らない。それならば、いま合格している案件に身を投じてみるのがベターと考えるのでしょう。

青年海外協力隊の1次選考合格

応募してから約1ヶ月、1次選考の合格発表日がやってきました。当日の決まった時間にJICAのWebサイトで合格者番号が発表されます。会社で仕事をしていた私は、トイレでこそこそと携帯(当時はまだスマホが普及していなかった)をチェック。自分の番号を見つけたときは本当に嬉しかったです。

1次選考に合格したということは、健康状態、そしてその職種(PCインストラクター)に関する基本的な技術力が参加基準に達しているということです。

さて、次の2次選考は英語試験と面接試験になります。現在はTOEICや英検などで事前に語学力をチェックする仕組みに変わっていますが、2010年当時はJICAが1次選考合格者全員に対して独自の英語試験を実施していました。

青年海外協力隊の英語試験対策

青年海外協力隊の英語試験対策
2次選考の英語試験はTOEIC形式といわれていましたが、JICAが管理しているため過去問題は世に出ていませんでした。そこで、私はとりあえずTOEIC対策本を購入してやってみることにしました。

しかし、私は試しにTOEIC過去問題をやってみて俄然としました。全くできなかったのです。ライティング問題は知らない単語がたくさん出てくるし、リスニング問題に至ってはほとんど聞き取ることができませんでした。

これはまずいと方向転換を決意し、1ヶ月ほどしかないけど基礎から英語に取り組むことに。

まずは中学校レベルの文法を復習することからはじめました。大学入試を終えてから15年以上が経過し、恐ろしいことにDoとDoesの違いすら忘れてしまっていたのです。英語は得意科目だったのに・・・。仕事では全く英語を使わず、英会話を習うこともなかったツケが回ってきたのです。

文法の基礎はなんとか思い出していきましたが、なかなか勉強がはかどりません。そこで、友達がやっていたニンテンドーDSの「えいご漬け」を試してみることに。キャラクターが発音する音声を聞き取って画面に書いていくディクテーションという勉強法は、私に合っていたようです。

それからは仕事が終わってから、そして休日にとまさに”えいご漬け”な毎日を過ごしたのです。また、リスニング対策としてNHK英会話をウォークマンにダウンロードして通勤時に聞いていました。

あれから約10年が経過し、スマホアプリやオンライン英会話、セブ島語学留学などが安価で提供されるようになり、英語学習環境は目覚ましく進化したなと感じています。現在はまた別な理由で英語力アップに取り組んでいるので、機会があればセブ島留学にも参加してみたいなと思っています。

青年海外協力隊の2次選考合格

短期間ながらも必死で英語学習に取り組み、TOEIC形式にも慣れてきた頃に2次選考に挑みました。リスニングも落ち着いて聞き取ることができ、合格ラインには達しているんじゃないかなという感触は得られました。

面接試験では技術的な質問は少なく、参加するにあたっての想いや帰国後の進路について確認されました。当時はあまり帰国後のことまで考えていませんでしたが、いま思うとかなり重要ですよね。

参加者を帰国後に路頭に迷わせたくないというJICAの親心もあったし、実際の就職率などが思わしくなかった現状があったのだと思います。

そして運命の合格発表の日。恐る恐る自宅でJICAのWebサイトを開くと、なんと自分の番号が合格者一覧にあったのです。その翌日、JICAから合格通知が送付され、そこで始めて派遣国がわかります。私の派遣国は、第2希望だったキリバス共和国に決まりました。

キリバス共和国ってなんだ?国なの?どこにあるの?

キリバス
Wikipediaより引用

正直言って第1希望に受かると思っていた私は、第2希望と第3希望はあまり深く考えずに似たような案件を選んで応募していました。

そのため、希望しておきながら合格してみて初めてキリバスについて調べるという有様。キリバスはほとんどの日本人にとってあまり馴染みのない国だと思いますが、私もそれまで名前を聞いたこともなかった国でした。


キリバスは太平洋上に位置しています。

2次選考合格後、参加者は実際にその派遣国で活動に参加するかどうか決めることができます。スケジュール的に現在の仕事と折り合いがつかなかったり、家族や恋人の反対が強かったりしてこの時点で辞退する人も少なくないそうです。

私はそれからキリバスについてWebで調べてみたり、キリバスに関する数少ない書籍を入手したりしているうちに、ぜひキリバスで活動したいという気持ちが固まりました。写真で見た美しい海、子どもたちの笑顔にとても魅力を感じたのです。

派遣前訓練の概要

青年海外協力隊の入隊試験に合格すると、派遣国とともに派遣隊次と派遣前訓練時期・場所が決まります。青年海外協力隊は年3回のタイミングで全世界に隊員を派遣しています。4月派遣が1次隊、9月派遣が2次隊、1月派遣が3次隊となります。

そして、派遣前の約2ヶ月間に渡り、長野県のJICA駒ヶ根訓練所または福島県のJICA二本松訓練所で行われる派遣前訓練に参加する必要があるのです。

キリバス共和国に派遣が決まった私は、2010年3次隊として、2010年10月から駒ヶ根訓練所で派遣前訓練に参加しました。

技術補完研修

ippan photo 2 23 2
私の参加職種であるPCインストラクターは、派遣前訓練の前に技術補完研修というものがありました。これは、PCインストラクターとして活動するにあたって必要なスキルを学べる研修で、東京のとあるパソコンスクールに委託されていました。

約2週間にわたって教授法やパソコン修理について学びます。PCインストラクターの合格者の大半はシステムエンジニア経験者ですが、インストラクターとしての経験はない者がほとんどなので、こういった研修は非常に有用でした。

PCインストラクターの技術補完研修は約2週間でしたが、職種によって数日~数週間の研修が行われています。

JICA駒ヶ根訓練所

長野県駒ヶ根市にあるJICA駒ヶ根訓練所は、日本アルプスに囲まれた美しい風景、といえば聞こえがいいですが、周囲にはほとんどなにもない世の中とは隔絶された環境にあります。

私が派遣前訓練に入所した10月上旬は紅葉も美しく過ごしやすい季節でしたが、退所間近の12月に入ると雪が振り始めて夜の寒さがこたえるほどでした。

訓練生には個室が用意され、衣服や勉強道具を持ち込めば生活できるようになっています。食事も食堂で3食取れるので、訓練に集中できる環境が整っています。また、大浴場や体育館、グラウンドなどレクレーションとリラクゼーションも敷地内で行えるようになっています。

参加者の様相

私が参加した2010年3次隊の駒ヶ根訓練生は約200名でした。当時の協力隊参加可能年齢は20歳から40歳でしたが、いわゆるアラサーがボリュームゾーンでした。大学や大学院を卒後して社会経験のない若者も少なくなく、彼らの賑やかさが印象的でした。

一方、30代後半の参加者もおり、彼らは落ち着いた雰囲気で若い参加者たちの相談役といったポジションの方が多かったように思います。

私が想像していた「意識高い系が多そう」というのは当たらずも遠からずでした。とにかく明るくてポジティブ、社交的な人ばかりで、みなが一同に会する食堂はいつも会話で賑わっていました。

参加者はみんな真面目というか、優等生系の人が多く、ヒッピー系やバックパッカー系の人はほとんど見かけなかったのが印象的でした。

日々の訓練

訓練は日曜日を除く毎日行われ、基本的に語学訓練が中心で、夕方は各種講義が行われます。訓練生は規律に縛られた生活を強いられ、大人数でずっと同じ空間で過ごすストレスに耐え抜く精神力が問われるのです。

訓練所の朝は早く、7時から朝礼とラジオ体操が行われます。朝礼前に自主的にジョギングをしている元気な訓練生も多くいました。私はギリギリまで寝てる派でしたけど(笑)

朝礼では国旗掲揚のセレモニーが行われ、日本国国旗とともに日替わりで派遣国の国旗が掲揚されます。やっぱり自分の派遣国の国旗が揚げられた日は気分も上がりますね。

朝礼後は朝食の時間です。食事の用意はもちろん訓練所職員がしてくれますが、食器洗いは訓練生が当番制で行います。食事は美味しくボリュームもあり、大満足でした。ただ、アレルギー対応は一切しないので、アレルギーがある人は苦労していたようです。

語学訓練

午前中の語学訓練は、さまざまな職種が集まった6名で1クラスとなります。訓練開始時に英語試験が行われ、この試験結果に応じてレベル別のクラスが編成されるのです。私はミドルクラスでした。

講師はもちろんネイティブで、授業中に日本語は許されません。実用的な英会話力が重視されるので、テキストは使わずさまざまな生活シーンを想定して授業が進んでいきます。

英会話に慣れている訓練生は積極的に講師に質問したりしますが、私はあまり英会話の経験がなかったので付いていくので精一杯でした。

午前中の50分×3コマだけでも脳みそから煙が出ているのを感じる厳しい毎日が続きます。これで本当に英語が上達するのだろうか?と講師を疑ってしまうこともありました。

でも、結果的にこの2ヶ月間で驚くほど成長できたのです。よく英会話はフィジカルトレーニングだといわれます。まさにその通りで、あまり悩まず積極的かつ主体的に学習に参加すれば、必ず結果は出るものなのだなと実感しました。

プレゼンテーション訓練

午後は職種別にクラスが別れ、プレゼンテーションの訓練を行います。PCインストラクターは、当然ながらパソコンの講義を英語でしなければなりません。これがまた大変な作業でした。

講義の教材準備から始まり、教えることを全て英語で話せるよう準備します。1回40分のプレゼンテーションを週に2回行い、他の訓練生が受講者として参加します。

パソコン用語はそもそも英語なのですが、とっさの表現がなかなか出てきません。それでも、みんなでプレゼンテーションをローテーションするうちに定番の表現というのが浮き出されてきて、これは派遣後の実際の仕事でとても役立ちました。

各種講義

派遣前訓練では語学訓練の他、発展途上国で生活していくためのスキルや国際情勢を学ぶ機会があります。国際協力についての講義や安全管理・健康管理についての講義。食習慣や宗教など異文化理解についての講義もあります。

また、訓練期間中に各種予防接種も受けることになります。派遣国によりますが、マラリアや狂犬病、肝炎など複数のワクチン接種が必要なのです。

自由時間の過ごし方

全ての訓練は17時には終わり、以降は自由時間となります。食堂で夕食を取ったり、大浴場でゆっくりお風呂に浸かったり。サッカーや楽器の練習をする人たちもいます。

しかし、訓練生のほとんどは自由時間でも語学の勉強がメインとなります。予習・復習なしでは授業についていけず、不安で何もせずにはいられないのです。

そこで自由時間でも教室に集まって自習したり、英語でディスカッションをするイベントを開いたりしてお互いに助け合って頑張っていました。

また、土曜日の夜は翌日が休みなので、外出しての飲み会も多く開催されました。閉鎖的な訓練所は息が詰まってしまうので、ときには外の空気を吸っての息抜きも重要なのです。

しかし、どんなにそれが楽しい時間であっても、訓練生の門限は22時と決まっています。もし1分でも遅れれば、最悪なら訓練終了という事態に。週末はギリギリまで外で遊んで門限に駆け込むというのがお馴染みの光景でした(笑)

こうして過酷な派遣前訓練を修了し、最終の語学試験に合格した者だけが正式に青年海外協力隊として派遣されていくのです。

キリバスって?

キリバス
Wikipediaより引用

キリバス共和国は、南太平洋の赤道直下に浮かぶ33の島々からなる海洋国家です。おそらくほとんどの日本人は名前を聞いたこともないのではないでしょうか?私も派遣国がキリバスに決まるまで、全く知らない国でした。

キリバスは人口が約10万人で大した産業もないちっぽけな島国ですが、最近あることで注目を浴びています。それは、地球温暖化に伴う海面上昇で国が沈みそうになっているということです。

国が沈むって本当!?と思うかもしれません。でも、キリバス共和国は最高標高が3mほどしかないので、本当に沈みそうなのです。地球温暖化だけが原因とは言い切れませんが、年々島が侵食されていっているのは事実です。

青年海外協力隊がキリバスに派遣される理由

青年海外協力隊は、一般的に開発途上国がより豊かに成長するための技術協力が目的です。まだ貧しいアフリカや東南アジア諸国が主な舞台となり、日本で培われた技術を現地人に伝えることで途上国の技術・経済・生活の向上を目指しているのです。

しかし、キリバス共和国の場合は全く事情が異なります。数十年後に国全体が海面下に沈んでしまう事態に備え、国家丸ごと海外に移住するという計画が進行しているのです。そのため、海外でも仕事ができるスキルを国民に身に着けさせるという目的で青年海外協力隊の派遣が決まったのです。

キリバスの第一印象

私たち青年海外協力隊の6名は、ほとんど知識がないままキリバスに到着しました。まずは空港の様子に衝撃を受けます。週に2回飛んでくる飛行機を楽しみに集まってくる子供たちは、ほとんど裸足。通常空港では持ち物のX線検査を受けますが、キリバスの空港にはX線検査装置がないので荷物を一つずつ開いてチェックします。

とりあえず滞在するホテルにチェックインし、恐る恐る街を散策してみると、道行く人々は笑顔で「マウリ、マウリ」(こんにちは)と挨拶してくれます。そしてシャンプーをしながら道を歩いてくる少女を見て我々が爆笑すると、彼女も爆笑するという場面に遭遇し一気に心が和みました。いろいろ心配していた我々にとって、とてもポジティブな初日となったのでした。

キリバスの高校でPCインストラクター

キリバスの高校でPCインストラクター
私の配属先は、キリバスで最高峰といわれている国立高校でした。この高校の生徒たちにパソコンを教えるのが私の任務となります。また、高校にはパソコンルームがあり、日本が寄贈したパソコンやサーバーの管理も毎日の仕事となりました。

青年海外協力隊の活動は、カウンターパートと呼ばれる現地職員と一緒に行います。私のカウンターパートは数学教師で、彼に技術指導するというのも大切な仕事となっています。

世界約200カ国のなかでも最貧国であるキリバスは、パソコンを所有している家庭はほぼありません。高校にきて初めてパソコンに触れる生徒がほとんどなので、電源の入れ方やマウスの動かし方から教える必要があり、英語力が未熟な私はとても苦労しました。

しかし、生徒たちは純粋でとても可愛く、ダンスパーティーや陸上競技会などの学校行事に参加することで私も多くのことを学べ、充実した活動となりました。

青年海外協力隊に求められる語学力

青年海外協力隊に求められる語学力
キリバス共和国の母国語はキリバス語ですが、かつてイギリス領だったことから英語も公用語になっています。そして、高校教育は全て英語で行われているので、先生はもちろん生徒も普通に英語が話せます。そして、当然のようにボランティアである自分にも高い英語力が求められるのです。

出発前は、日本人だし英語があまり上手でなくても許されるだろうという甘い考えがありました。しかし、実際に現地で活動していると、なんでお前はちゃんと英語も話せないのにここにいるんだ?という目で見られるのです。

途上国では、さまざまな国の人が支援活動を行っています。アメリカやオーストラリアといった英語ネイティブは当然ですが、台湾や韓国といった非ネイティブのボランティアたちも流暢な英語を話すのです。

活動をしながら徐々に英会話に慣れ、また自宅でも英語の勉強を続けたので上達はしていきましたが、事前の準備がもっと必要だったと痛感したのでした。また、他の隊員の様子を見ていても、やはり語学力がある隊員のほうが充実した活動を行い成果を挙げているなと感じました。

帰国後の進路

ほとんどの青年海外協力隊参加者は、仕事を退職して参加しています。また、新卒で参加する者も多く、現職を休職扱いで参加する者は少数です。そのため、多くの参加者は帰国後に新たな仕事に就くことになります。

もちろん一般企業に就職したり、公務員になったりする人もいるのですが、派遣国での暮らし・仕事を経験するといわゆる”普通の生き方”には戻れなくなるというのが実情のようです。

国際協力の道を突き進む

青年海外協力隊参加者には、帰国後にJICA(独立行政法人国際協力機構)就職枠が存在します。JICAの職員となれば安定した身分で国際協力に携われるので人気です。また、極少数ですが国連への推薦枠も存在します。国連は短期契約が一般的なので厳しい環境ですが、やりがいという意味では国際協力の最高峰といえるでしょう。

さらに、民間の立場から国際協力に携わりたいという人は国際NGOを目指します。インターンから始まり、決して待遇はよくありませんが、機動力と自由度の高さがNGOの魅力です。

ODAコンサルタント

JICAが開発途上国に有償・無償の資金協力をする場合、ODAコンサルタントが仲介するケースが一般的です。協力隊経験者は技術力と語学力、開発途上国での人脈を活かしてODAコンサルタントとして活躍する人も多くみられます。

国内で起業

開発途上国での経験を国内でフィードバックすることも協力隊参加者の大切な役割です。田舎に移住して農業を始めたり、インバウンド向けのゲストハウスやカフェを起業する人も少なくありません。派遣国から特産物や工芸品を輸入して販売するというのも協力隊参加者ならではです。

青年海外協力隊への参加を考えている方へ

青年海外協力隊は、世界を変えたい、自分を変えたいと思っている全ての人におすすめです。開発途上国での暮らしに不安を感じるかもしれませんが、JICAが万全のサポート体制で安全と健康を支えてくれるので心配ありません。

経験者として一番お伝えしたいのは、何よりも参加前に語学力を可能な限り伸ばしておくことです。派遣国によってはフランス語やスペイン語などが主言語の国もあるのですが、何より地球語としての英語が大事です。

語学力があれば現地での仕事も暮らしもスムーズに進行し、満足のゆく活動を行えるようになります。逆に語学力がないとコミュニケーションに支障をきたし、不本意のまま帰国することになってしまいます。

青年海外協力隊への参加を考えているのなら、まずは参加募集説明会に参加し、直接経験者の話を聞いてみましょう。

以上で私の4回の寄稿を終わらせて頂きます。皆さんが英語を使った仕事で大活躍される事を願っております。

また、機会があれば別の記事でお会いしましょう!

ゲストライター
ゲストライター
当サイトに不定期で寄稿しているゲストライターさんの記事です。

様々な職業や経験を持ち合わせた方から寄稿頂いているので、ぜひチェックしてみてください。

著者の他の記事

TAGS

同じカテゴリー

返事を書く

Please enter your comment!
Please enter your name here

セブ島留学 おすすめ記事